疾患啓発、注目される背景

疾患啓発とは、疾患名や症状などの正しい情報を生活者に伝えることで、疾患や症状といった自覚を促したり、医療機関への受診を促すことで、疾病の早期発見・早期治療に繋げることを指します。また、疾病に対する誤解や偏見を取り除く役割もあることから、近年注目を集めています。

本記事では、疾患啓発が注目されている背景について、以下の4つの視点を取り上げ解説します。

疾患啓発、注目される背景

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製薬企業に期待する役割の変化

製薬企業においては、医薬品の「研究開発」、「製造販売」、「情報提供」といった役割が期待されていますが、こうした枠を超えて予知・予防、治療、予後といったペイシェント・ジャーニーを俯瞰した役割が期待されています。

例えば予知・予防の面では、自治体と製薬企業との連携が挙げられます。2018年度から都道府県では新たな医療計画や医療費適正化計画が開始、国民健康保険の市町村から都道府県への移管や、市町村による介護保険制度の管理・給付を担う大きな改革が行われました。また、地域医療構想の推進や2025年に向けた地域包括ケアシステムの構築など、医療・介護を取りまく急速な環境変化の中で、自治体は様々な課題を抱えています。一方、製薬企業は医薬品の販売活動を通じて得られた▽疾患啓発資材や患者向け資材の提供、▽市民講座の開催、▽医療費控除、介護保険制度や就労支援等に関する情報提供、▽近隣の専門医の紹介-といったアセットを自治体に提供することが可能です。製薬企業にとって自治体と連携することで地域医療へ貢献できるだけでなく、ペイシェント・ジャーニーを網羅した事業モデルを構築していくためのノウハウ・知見を得ることができます。製薬企業と自治体の連携事例は2018年から急速に増えており、最近では重症化予防や在宅患者の症状把握などを目的とした実証実験を行う事例も出ています。

最近の事例では、自治体連携にとどまらずペイシェント・ジャーニー全体をビジネスとして捉え、自社製品を含めたソリューションを提供する企業も登場しています。例えばエーザイは、アルツハイマー型認知症治療剤の提供だけでなく、当事者の見守り支援ツールや、認知機能をセルフチェックするためのデジタルツールの提供、保険会社やIT企業など関連サービスを提供するパートナーと一体となって、認知症当事者や家族が、疾患啓発、早期診断、治療、介護、認知症情報の提供・相談などの情報を提供する「認知症エコシステム」の構築を目指しています。また、塩野義製薬は、創薬型製薬企業としての強みを磨きながら、ヘルスケア領域の新たなプラットフォームを構築し、医薬品以外のヘルスケア関連サービスを提供するプロバイダーとして新たな価値を提供するHaaS: Healthcare as a Serviceという考え方を打ち出しています。

Beyond the Pills、Around the Pillsという言葉の通り、製薬企業には医薬品の製造販売、情報提供を超えた役割が求められており、疾患啓発活動も一つの役割として取組みが進んでいるという側面があると言えるでしょう。

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スペシャルティ医薬品へのシフト

高血圧や脂質異常症などいわゆる生活習慣病をターゲットとしたプライマリー市場が成熟化し、製薬企業各社はがんや希少疾病といったスペシャルティ医薬品へシフトする傾向が進んでいます。医薬産業政策研究所の調査によると、2010年から2019年までに承認された新有効成分含有医薬品396品目中希少疾病医薬品は116品目で、年度毎のばらつきはありますが全体の約3割を占めています。希少疾病は英語でオーファン・ドラッグと訳されますが、オーファン(Orphan)は孤児と訳される通り、従来製薬企業が積極的に開発してこなかったため、見捨てられた孤児のような薬と訳されていました。しかし、審査上の優遇制度や、開発費の助成制度等の整備、新薬創出加算制度といった様々な施策が講じられたこともあり、毎年一定数の希少疾病医薬品が登場するようになってきました。

希少疾患の患者さんの数は世界で3億5千万人と言われていますが、疾患の種類は7,000も存在すると言われており、同じ疾患の患者さんであっても症状が異なっている場合もあると言われています。また、疾患の特性上医師が診断・治療に接する機会は少なく、専門医による正しい診断が下るまでに長い年月を要することもあるとされています。

製薬協が昨年3月に公表した、第3回患者団体の意識・活動調査結果報告書によれば、今後特に強化したい・取り組みたい活動について尋ねたところ、35%超の団体が会員・患者の相談(ピアサポート、電話相談等)、20%超の団体が疾病啓発活動(社会的認識の向上)を挙げており、患者さんや会員が疾患や治療等に関する情報を求めていることや、疾患や患者会の存在等について一般の方にもっと知ってもらいたいといった実態が浮き彫りになっています。また、報告書によれば4割超の団体は、製薬企業との協働経験がないと回答、「製薬企業との接点がない、少ない」、「どのような内容で協働を実施すればよいかわからない」といった理由が挙がっており、製薬企業側も自社のホームページで疾患啓発の取り組みを公表するなど、積極的な情報発信が望まれます。

今後特に強化したい、取り組みたい活動について

難病や希少疾病ではない生活習慣病のような一般的な疾病であっても、病気の実態は意外と知られていません。例えば日本での骨粗鬆症患者は約1,300万人と言われていますが、治療患者はそのうちの2割に過ぎないと言われています。様々な理由が考えられますが、2018年に骨粗鬆症財団が発表した骨粗鬆症の健診受診率を見ると、最も高い栃木県でも14.0%に過ぎず、最下位の島根県は0.3%と50倍近くの開きがあったことが報告されています。骨粗鬆症検査が健診項目として義務化されていないことが一因と考えられますが、他の生活習慣病と同様に、自覚症状があらわれにくい疾患であることも受診を遅らせる原因になると考えられます。最近、骨粗鬆症性骨折患者の家族介護者の約7割が、介護のために雇用状態を変化させるなど、仕事や日常の生活にも障害を経験していたとする国内初の研究結果が発表されており、早期発見、治療の必要性が求められています。

希少疾病と生活習慣病、病気の性質は異なりますが、製薬企業においては自社のホームページを通じて疾患を理解いただくようなコンテンツの提供や受診勧奨に加え、Google等で検索した際に、自社の疾患啓発サイトへの流入が進むようなSEO(Search Engine Optimization:検索エンジン最適化)対策を図る必要があります。

(参照元: 2021年3月公表 日本製薬工業協会「第3回患者団体の意識・活動調査結果報告書」)

インターネットの普及に伴う情報の多様化

インターネットの普及など、情報技術の進歩により必要とする情報は簡単に入手できる時代になりました。2020年2月にインテージが全国約11万人の患者に「医療に関する情報入手に利用しているチャネル」について調査したところ、最も利用されていたのは「かかりつけ医からの情報」で34.3%、以下、「健康診断」25.6%、「テレビ番組」21.1%、「テレビCM」20.1%の順でした。また、年齢が高くなるほど「かかりつけ医からの情報」や「健康診断」といった確からしい情報の利用割合が高く、若い年代ほど「テレビCM」や「家族や友人のクチコミ」、「フェイスブックやツイッター」など、手軽に入手できる情報の利用割合が高い結果となっていました。また、年齢が高くなるほど複数のチャネルを利用する割合が高い傾向があること、慢性疾患(糖尿病)の分析では、利用した情報チャネルが多くなるほど治療満足度が高まる傾向がある、といった結果がわかりました。

この結果から、製薬企業においては年代によって適切なチャネルを使い分けて情報発信していく必要があること、若年層では医療情報もSNSを通じて入手したいという傾向があり、誤った医療情報やデマではない科学的根拠に基づく正しい情報であることを認知してもらうような取り組みが必要と考えられます。

製薬企業で最も取り組みが進んでいるのは自社のオウンドメディアを通じた疾患関連の情報提供ですが、上述した通りGoogle等で検索した際に自社サイトへ流入が進むようなSEO対策が求められます。また、疾患情報を提供している専用サイトに製薬企業がスポンサーとなり疾患情報を提供し自社オウンドメディアに誘導したり、医療機関の検索、あるいは治験に関する情報を紹介するといった対策も重要になります。

最近では、You TubeやLINEといった手軽に入手できるメディアを活用した事例、生活者がウェブ問診システムで症状や病名を検索した際に、製薬企業の疾患情報ページのリンクを表示させ、関連情報を提供するといった事例、生活者に対し疾患認知・理解を目的に映画など視覚的な方法で情報を提供する事例-など、様々な手法による疾患啓発の情報提供が行われています。

企業名 取り組み
日本ベーリンガーインゲルハイム ユビーAI受診相談で「息切れ」、「息が苦しい」などの肺線維の関連症状を回答した場合、疾患情報などと合わせて自社サイト「わかる、つながる、肺線維症」のリンクを表示することで、肺線維症の早期発見・治療に貢献。
アムジェン レセプトなどの医療ビックデータを持つJMDCと連携し、LINE公式アカウントの新コンテンツとして「片頭痛リスク予報サービス」の提供を開始。
旭化成 世界骨粗鬆症デーに合わせて、テレビCM放映や、身長測定イベントなど骨粗鬆症の疾患啓発に特化した活動を実施。
中外 視神経脊髄炎スペクトラム障害の啓発を目的としたショートフィルムを、同社You Tubeチャンネルで公開。
バイオジェン 多発性硬化症をテーマにした長編映画「そこからの光~未来の私から私へ~」を制作、ロサンゼルス日本映画祭に参加。

(参照元:各社ニュースリリースを元に作成)

医療現場のニーズ

新型コロナ感染症の発症以降、外来受診患者の減少が続いています。厚労省の統計によれば2021年の延べ外来患者数は20年に比べて3.8%増加していますが、19年と比べると6.5%減少しており、コロナ前の状況に戻っていないことがわかります。

1日平均外来患者数

患者さんが来院を控えるようになった理由としては、新型コロナウイルスに感染するリスクを避けたいという意識が高まっていることが考えられますが、慢性疾患を抱えている患者さんが、コロナを契機に通院が面倒になり来院しなくなったことも考えられます。製薬企業においてもコロナ禍により医療機関の訪問制限により情報提供活動を行いづらい状況が続いていますが、疾患や服薬支援に関する情報をまとめた資材を提供することで、医療機関や薬局と患者さんとのコミュニケーションをつなげるツールとしての活用が期待できます。

(参照元:厚生労働省 「病院報告」)

まとめ

一般的に、疾患啓発のニーズが高いケースは、▽希少疾病など疾患の認知度が低く適切な受診に繋がっていない、▽潜在患者さんが多いが健診の受診率が低い-といったことが考えられ、疾患特性を踏まえた対応が必要になると考えられます。また、疾患啓発活動自体が直接自社の処方につながらないことから、費用対効果をクリアに示すことができないという課題があります。一方、疾患啓発の目的は、疾患や症状といった自覚を促したり、医療機関への受診を促すことで、疾病の早期発見・早期治療に繋げることや、疾病に対する誤解や偏見を取り除く役割もあることから、製薬企業が疾患啓発活動を推進することで、国民の健康・福祉の向上に一翼を担うことができるという側面もあり、SDGsへの貢献という広い視点で取り組むべき活動と言えるのではないでしょうか。

執筆者紹介

塚前 昌利
塚前 昌利
株式会社ベルシステム24 
第1事業本部 営業企画部 マネージャー
外資系製薬企業にて、MR、プロダクトマーケティング、メディカルアフェアーズを経験後、医療系出版会社などを経て、2013年より現社にてマーケティング業務を担当。
業界経験を活かし、アウトソーシングの立場で、製薬企業の市販後サービスを中心に様々なニーズを踏まえた、最適なソリューションの提案、コンサルティング等の業務に携わる。診療報酬、医療制度、医薬品適正使用、情報提供のあり方等をテーマに業界誌に多数執筆、企業等での外部セミナー講師も担当。
公益社団法人日本医業経営コンサルタント協会・認定登録コンサルタント
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